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東京高等裁判所 平成7年(ネ)5912号 判決

控訴人・附帯被控訴人

今井紀雄

ほか二名

被控訴人・附帯控訴人(原告)

山中理恵

ほか一名

主文

一  本件控訴及び本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人紀雄及び控訴人啓之は連帯して、被控訴人理恵及び被控訴人智晶に対しそれぞれ一二四八万一五二四円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人紀雄及び控訴人啓之は連帯して、被控訴人理恵及び被控訴人智晶に対しそれぞれ七万一九一七円を支払え。

3  控訴人会社は、被控訴人らの控訴人紀雄及び控訴人啓之に対する判決が確定したときは、被控訴人理恵及び被控訴人智晶に対しそれぞれ一二四八万一五二四円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  控訴人会社は、被控訴人らの控訴人紀雄及び被控訴人啓之に対する判決が確定したときは、被控訴人理恵及び被控訴人智晶に対しそれぞれ九七万一九一七円を支払え。

5  被控訴人理恵及び被控訴人智晶のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その四を控訴人紀雄、控訴人啓之及び控訴人会社の負担とし、その余を被控訴人らの負担する。

三  この判決は、主文第一項1、2に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  当事者双方の求めた裁判

(控訴人ら)

(一)  (本件控訴の趣旨)

原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

右部分に係る被控訴人らの請求を棄却する。

(二)  (本件附帯控訴に対する答弁)

本件附帯控訴を棄却する。

(三)  (控訴費用)

控訴費用及び附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。

(被控訴人ら)

(一)  (本件控訴に対する答弁)

本件控訴を棄却する。

(二)  (本件附帯控訴の趣旨)

原判決主文第三項中(敗訴部分中)、次の(1)ないし(4)の請求を棄却した部分を取り消し、右部分につき、被控訴人らは控訴人ら及び控訴人会社に対し、次の(1)ないし(4)のとおり求める。

(1) 控訴人紀雄及び控訴人啓之は連帯して、被控訴人ら各人に対しそれぞれ五〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 控訴人紀雄及び控訴人啓之は連帯して、被控訴人ら各人に対しそれぞれ九七万一九一七万円を支払え。

(3) 控訴人会社は、被控訴人らの控訴人紀雄及び控訴人啓之に対する判決が確定したときは、被控訴人ら各人に対しそれぞれ五〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4) 控訴人会社は、被控訴人らの控訴人紀雄及び控訴人紀之に対する判決が確定したときは、被控訴人ら各人に対しそれぞれ九七万一九一七円を支払え。

(三)  (訴訟費用)

訴訟費用及び附帯控訴費用は控訴人ら及び控訴人会社の負担とする。

二  当事者双方の主張

当事者双方の主張は、以下に付加するほか、原判決事実摘示と同じであるから、これを引用する。

(被控訴人ら)

1  (過失相殺の割合について)

原判決が被害者・亡山中富美子(以下「亡富美子」という。)に過失がありその過失割合は一割五分であると認定し、損害額の算定に当たり、その認定した総損害額に対して右割合による過失相殺を施したのは不当である。本件事故は、控訴人紀雄の重大な過失により発生したものであり亡富美子に控訴人ら主張の事情があつたとしても本件は過失相殺すべき事案ではない。原判決認定の総損害額は七八二四万六九一七円であるから、このうちの一〇〇〇万円(被控訴人各人に五〇〇万円宛て)の請求の限度ではさらに請求認容されて然るべきである。

2  (附帯控訴に係る従前請求の内容と当審における追加請求の内容)

(損害金三〇〇〇万円に対する事故発生時からの遅延損害金請求)

原判決は、本件残損害額認定にあたり、総損害元金額からすでに自賠責保険からの支払金三〇〇〇万円(被控訴人各人に一五〇〇万円宛てを平成七年二月二二日に自賠責保険から支払われた)を控除したが、右三〇〇〇万円相当の損害元金に対しても当然本件事故発生日から右支払日の前日の平成七年二月二一日までの(三六五日分の四七三日分)年五分の割合による遅延損害金が発生しているから、右遅延損害金を新たに追加請求する。

(三〇〇〇万円×〇・〇五×1+三〇〇〇万円×〇・〇五×三六五分の一〇八=一九四万三八三四円(各被控訴人九七万一九一七円宛て)

3 (亡富美子の逸失利益の算定について)

原判決認定の五五四万円は決して多いことはない。平成五年度の確定申告書記載の総所得額は二七〇万円となつており平成三、四年度と比べ低額となつているが、この年度は、亡富美子の死亡した年度であり、右二七〇万円は月額三〇万円の九か月分であり、もし亡富美子が生存して同年度全期間稼働していれば、そのままの数字が同年度の総所得額となることはない。また、亡富美子には給与所得以外に不動産収入があつたから、税務上給与を特に多くして申告する必要がなかつたので同人死亡後の確定申告においては、そのようにしたまでである。そして、亡富美子は、包装会社(有限会社ヤマナカ包装)を経営していた亡富美子の夫が平成三年三月に死亡したため、その後はまさに山中家の支柱として同社の代表取締役となつて男子並に稼働し経営にかかわつてきたのであるから、亡富美子の場合には少なくとも平成五年の賃金センサス男子労働者学歴計の平均賃金五四九万一六〇〇円(平成六年の平均賃金は五五七万二八〇〇円)程度の収入があるものと推計されてよいはずである(もつとも、平成五年度の亡富美子の総所得額は確定申告では二七〇万円の給与が計上されているだけであるが、この年度は、亡富美子が平成五年一一月六日に本件事故で死亡した年度であり、右富美子死亡後の混乱下に右金額が計上された可能性もあり、なにより給料は年度初めから死亡前月まで(九か月程度)の分が支払われたにとどまることも考慮し、かつ、その余の亡富美子の不動産収益(平成三年度は七一四万六四一九円・甲第五号証、平成四年度は七六一万四四六五円・甲第六号証)があることからすれば、これら不動産を管理する亡富美子の労働の対価を五ないし八パーセント、すなわち、年間三五万ないし六〇万円程度を右労働寄与分として評価すべきであるからこれを総所得額に加算してよいはずである。)。いずれにせよ、原判決が平成三、四年度の総所得額の平均値をもつて亡富美子の逸失利益算定の基礎としたのは正当であつて、これを避難する控訴人らの主張は相当でない。

また、生活費としての控除額は三割が当然であり控訴人ら主張の四割を控除する要はない。

慰謝料二六〇〇万円(被控訴人各人につき一三〇〇万円宛)が高額に過ぎることはない。むしろ、この金額は本件事故により亡富美子及び被控訴人らに生じた精神的苦痛を慰謝するものとして相当額である。

(控訴人ら)

1  (亡富美子の過失とその割合について)

原判決は、亡富美子の過失を一割五分と認定しているが、これは被害者に余りにも有利な過失割合である。事故当夜、亡富美子が飲酒のうえ連れの車に同乗して送られている際に走行中の車のドアを勝手に開いて降りようとするなど奇異な行動に及んでいたので、連れの運転者が亡富美子のいうとおり途中で停車して歩道に降ろしたことなど、事故発生時の亡富美子の状況、しかも暗い道路を下車して向側の対向車線方向へ横断しようとしたのであることを考慮すれば、亡富美子にも三割の過失があるというべきであり、損害額の算定にあたつて右割合による過失相殺が施されて然るべきである。

2  (逸失利益の算定について)

控訴人ら代理人が亡富美子の平成五年度の所得税の確定申告手続を行つた小池幸造税理士に事情聴取したところ、亡富美子の平成五年度の役員報酬については、会社の帳簿に正確に記録されていた金額に基づいて記載したものということである(乙第五号証)。そうであれば、亡富美子の平成五年度の所得税の確定申告書に記載されている二七〇万円が正確な所得額であるというべきであり、これを度外視して亡富美子の所得を認定すべきでない。したがつて、亡富美子の逸失利益算定の基礎となる所得額は、死亡前三年間の所得税の確定申告上の所得額を平均して算定すべきである。そうすると、亡富美子の逸失利益総額は、次のとおり三七六九万八八二九万円と算定される。

(四七七万三三三三円×〇・六×一三・一六三=三七六九万八八二九円)

また、亡富美子は一家の支柱であつたから、生活費控除は四割とすべきであり、原判決が三割しか控除していないのは不当である。さらに、慰謝料は、合計二二〇〇万円(被控訴人各人一一〇〇万円宛)が認め得る限度額であつて、これ以上の金額を認めるのは著しく不当である。

三  証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録並びに証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所の判断

当裁判所は、被控訴人らの請求は後示認容の限度で理由があるものと判断するが、その理由は、以下において、双方当事者が当審において原判決の認定判断を非難し、依然、本件訴訟の争点として各自の主張を展開している点につき、さらに検討、補足するほか、原判決理由説示と同じであるから、これを引用する。

1  (過失相殺について)

本件事故現場は、両側に歩道が設けられた県道練馬所沢線路上で、本件事故の日時は平成五年一一月六日深夜零時五〇分ころであるが、当時、加害車両運転の控訴人紀雄は運転免許取得後二か月の初心者であつたところ、制限時速を超過して時速六五キロ程度で、右道路上を東所沢方面から旭町方向へ向かつて進行して、本件事故現場の手前五一・五メートルの地点まで差しかかつたとき、目が疲れて眠くなりそうなので、眠気を覚ますため瞬きをしたり沿道の明るい方を見たりしながら、県道練馬所沢線上の上安松交差点付近手前まで走行してきたが、右道路沿いの「石井自動車販売」と書かれた黄色の電光看板に目をやるなどして道路前方注視を怠つて運転していたことは、控訴人紀雄の警察官に対する供述(甲第一九号証)及び当審における同控訴人本人の供述により同控訴人の自認するところであり、また、本件事故発生直前の同控訴人の運転の状況をみると、控訴人紀雄運転の普通乗用車(マツダフアミリア一五〇〇cc、保有者は控訴人紀雄の父・控訴人啓之)の助手席に同乗していた友人の萩野将史が路上にいる亡富美子を発見し咄嗟に「危ない」という声を発したので、控訴人紀雄は初めてすぐ前方に路上を横断中の亡富美子の存在を発見した(発見地点は、衝突地点より一四・一メートル手前の地点)が、その直後ブレーキをかけたが衝突を回避する措置をとる余地なく亡富美子と衝突してしまつたこと、右衝突により亡富美子は、右加害車両ボンネツトの上に跳ね上げられ、また、同車のフロントガラスにも衝突したためフロントガラスを突き破つてボンネツトの上に乗り上げられ気を失つた状態で同車体上に俯せになつたこと、その際、控訴人紀雄は、右の状態を運転席より目前に現認したが、亡富美子を加害車両のボンネットの上から道路に落下させないようにと思つて、ただちに急ブレーキ制動により急停車せずに徐々にスピードを落としながら、その状態を続けて自然に止まつた道路左端地点まで走行を続けようとしたが、結局、停車するまでの間に亡富美子を加害車両のボンネツトの上からずり落とし路上に落下させてしまつたというのである(甲第九号証・司法警察員の現行犯逮捕報告書中の同司法警察員に対する控訴人紀雄の供述、当審における同控訴人本人の供述)。しかし、控訴人紀雄は、運転免許を取得してから事故日までわずかに二か月という初心者であり、よしんば、同控訴人がその意図するように運転しようとしても、そのような咄嗟の衝突と加害車両のボンネツトの上に亡富美子が跳ね上げられた瞬間フロントガラスと衝突しガラスを割り気を失つたような状態で加害車両の運転者の眼前のボンネツト上に俯せになつた姿をすぐ後方の運転席位置で目の当たりに見たならば、まず、何が何でも急ブレーキをかけて、できる限り早く車を停止させようとする態勢にでようとするのが通常の運転者の心理ではなかろうかと推察する。しかも、その際、同乗者で先に亡富美子を発見した萩野は、「危ない」と声を出した途端、亡富美子が加害車両の前部と衝突したフロントガラスをも破つて加害車両のボンネツトに乗り上げた状況を見た瞬間、被害者は「死んだ」と思つたと供述している(萩野の司法警察員に対する供述・甲第二四号証)ような極めて切迫した危険状況に直面しているのに、運転経験の少ない控訴人紀雄が衝突の直後にそのような状態にある亡富美子を眼前で見ながら車体から落とさないようにするため加害車両に急ブレーキをかけずに徐々にスピードを落としながら走行して自然に止まるまで待つといつた高度な技術のいる運転方法をとることを咄嗟に判断し実行でき得るとは信じ難い。事実、亡富美子は衝突後三二・五メートル走行した地点で車体上から路上に転落してしまい、控訴人紀雄のいうような走行方法により亡富美子の落下を防ぐことができなかつたことは原判決認定のとおりである。これを逆に考えると、急ブレーキをかけ直ちに停止しようとしたが、実際に止まつた位置が衝突位置から五一メートル先の停車地点であつたのではないかとも推側できないわけではなく、もし、そうであれば、衝突の瞬間にはもつとスピードを出していたのではないかとも推測されるのである(ちなみに、控訴人紀雄の司法警察員に対する供述(甲第一九、第二〇号証)によつても、同控訴人は、本件事故現場に至る直前の道路の単調な箇所で時速七〇ないし八〇キロ出していたことを自認しており、ただ、このスピードでは「ヤバイ」と気が付き事故現場の手前では減速していたと述べている。)。さらに、道路上はあまり明るくない箇所であつたが、事故後の司法警察官の実況見分の結果によれば、加害車両の前照灯が下向きの状態でも加害車両から約四〇メートル程度前方の路上に歩行者がいるのを発見することが可能(前照灯が上向きであれば六〇メートル先に歩行者を発見することが可能)な状況にあつたのではないかとも推察される余地もある。そのいずれかはさておくとしても、深夜余り明るくない県道上で車両の前照灯を下向きにしていても少なくとも前方注視していれば、路面上四〇メートル先にいる歩行者は見えることになる(司法警察官による実況見分調書・甲第一一号証)。当審における控訴人紀雄本人の尋問の状況、結果をみる限り、同控訴人は、本件事故発生前後の事実認識が余りないうえ自らも述べるように沿道の電光看板に目をやるなどしており、衝突直前に萩野の「危ない」との発声があるまでは脇見して前方注視を怠つていた運転状況にあつて、右萩野の発声で初めて道路上を直視し直したように窺われるのであつて、その意味では、当審で初めて施行された控訴人紀雄本人の供述は、事故前の現実に認識した事実に基づいて適確に述べているのかどうかは疑問であつて多分に不確かな事実をいう部分があることは否めない。もつとも、亡富美子の側でも、深夜、飲酒のうえ同伴者運転の車で送つてもらうべく同乗していたのに、途中で携帯電話をかけながら勝手にトビラを開けて車から路上に降りようとしたこともあつて、同伴の運転者が亡富美子を車から降ろしたところ、亡富美子は右下車した場所(対向車線のある道路の他の一方側の歩道のところで付近に横断歩道はない場所)から右道路上を横断して道路反対側の歩道方向へ渡ろうとしていたものと認められる(歩道、ガードレール等の設置状況、両車線の幅員、横断開始位置等については原判決認定のとおり)ところ、その際、酩酊状態(本件事故当時、亡富美子は、血液一ミリリツトルにつきアルコール一・六ミリグラムの状態であつたことは、原判決認定のとおりである。)で、このような深夜、酒酔い状態のもとで、歩道と車道の区別があり対向車線のある道路上を降りた歩道側の地点から横断を始め道路中央付近まで漫然と歩行した点では亡富美子の側にも過失があることは否めない。しかし、先にみた、本件事故の前後の状況のもとでは、右過失は、控訴人紀雄の過失割合と比較してそう大きいものとはいえず、その割合は、前示の双方の事情を勘案する限り、事故当夜に控訴人らの主張する亡富美子の飲酒等の行動、状況があつたなど前示の事情を踏まえても、それが事故時の本件道路上の車の交通状況からして、右道路を横断した者として、走行中の自動車の行き交いを注意深く見届けないで道路を反対側へ渡つたという点で、過失が認められても、それは、せいぜい二割が限度であつて、これを超える割合の過失を認めることはできない。

2  (逸失利益の算定の基礎とされる所得額について)

控訴人らは、亡富美子の逸失利益の算定の基礎となる所得額として、平成三年度の所得税の確定申告書による総所得額(五八四万円・甲第五号証)、同四年度の所得税の確定申告書による総所得額(五二四万円・甲第六号証)の二年分の平均額(五五四万円)をとるが、平成五年度の所得税の確定申告書に記載の総所得額二七〇万円(甲第七号証)をも入れて右三年分の所得額の平均額をとつていないのは片手落ちで、亡富美子の逸失利益の算定の基礎となる所得額を余りに高額にみている旨主張する。

しかしながら、そもそも亡富美子の平成五年度の所得額は、同年度の途中(同年一一月六日)で亡富美子が死亡した年度であり、同年度の総所得として確定申告されたとしても年度一杯生存して稼働したならば、そのような実際の所得が同年度の確定申告書に記載の金額(二七〇万円)という低額にとどまつたか不確定であるうえ、亡富美子には、所有不動産(建物二戸)がありこれを管理し他に賃貸して賃料収益を上げていたことは確かであるところ、この管理委託料相当額、すなわち、所有不動産の収入賃料額(二物件の平成三、四年度の平均収益賃料総額)は七〇〇万円を下回ることはないとみられる(甲第五、六号証)から、右平均収益賃料総額に対する年五パーセントないし八パーセントの管理手数料相当額は、亡富美子に成り代わつて管理会社がした行為とみられ、かつ、実際にも、亡富美子が生前していた右不動産管理を亡富美子死亡後は管理会社に委託して賃料収益総額に対する年八パーセントの管理報酬を管理会社に支払つていることが認められる(甲第二三号証)。そうすると、右管理手数料相当額の管理行為を亡富美子の管理行為の対価たる収益と算定することが可能であり、これを同人の所得総額に入れて逸失利益を算定して良いものと考えられる(もし、管理会社に委託しなければ、亡富美子の管理行為に対する労働の対価として総所得に計上してあながち不合理でない金額であるとも考えられる。)。そうすると、原判決が、不動産収益のあることを考慮に入れて平成五年度の収益を勘案したうえ、前二年分の平均額とさしたる格差はないであろうとの推計のもとに、結局、右平成五年度の亡富美子の確定申告書記載の所得額をさておいて亡富美子の夫死亡の年から亡富美子死亡年の前二年分の各所得総額の平均額をもつて同人の逸失利益算定の基礎とし、平成五年度の所得額を入れた平均額を基礎としなかつたからといつて、その算定の過程、結果に著しく不合理、不当な点があるとまではいえないのである。

3  (慰謝料及び葬儀費用について)

本件交通事故により被害者・亡富美子に生じた慰謝料は一〇〇〇万円、右被害者の慰謝料のほか、その子・被控訴人ら遺族固有の慰謝料としては各五〇〇万円各合計二〇〇〇万円の限度で本件事故と因果関係のある慰謝料と認めるのが相当である。この金額は、本件事故の態様、被害の程度からして、被害者・亡富美子自身の精神的損害として、また、父親死亡後は母親・亡富美子の手で養育されてきた残された子・被控訴人らの生活環境の激変等により受けた精神的苦痛その他諸般の事情を勘案する限り、右各子ら各人に固有の慰謝料として各人につき五〇〇万円の限度で相当なものとして認めることができる(甲第二四ないし二八号証、原審における被控訴人理恵本人の供述)。これをもつて高きに過ぎるとも低きに過ぎるともいうことはできない。なお、亡富美子の葬儀費用は、故人の会社経営上、不動産所有管理人としての地位、状況、亡夫の承継者として山中家の支柱的存在であつたこと等を考慮すれば、同人の葬儀費用として一二〇万円をみた原判決の認定は合理的であつて相当である。

4  (損害額の算定)

以上にみた事実に基づき、本件事故により被控訴人らの被つた損害額を算定すると、次のとおりとなる。

(一)  (被害者・亡富美子に生じた損害)

〈1〉 逸失利益 四三七五万三八一二円(五五四万円×〇・六×一三・一六三)(亡富美子の前記所得額に同人の山中家における地位、役割、その家族構成、所得等に鑑みると生活費は四割として控除するのが相当であり、これにライプニツツ方式により中間利息を算定すると、上記の金額となる。)

〈2〉 慰謝料 一〇〇〇万円

(二)  (被控訴人ら各人に生じた損害)

〈1〉 遺族固有の慰謝料 一〇〇〇万円(被控訴人ら各人五〇〇万円宛)

〈2〉 葬儀費用 一二〇万円(被控訴人ら各人六〇万円宛)

右(一)の〈1〉、〈2〉、(二)の〈1〉、〈2〉の合計金六四九五万三八一二円

(三)  (過失相殺の結果)

以上(一)、(二)の合計六四九五万三八一二円×〇・八=五一九六万三〇四九円

(四)  (被控訴人理恵、被控訴人智晶のそれぞれの損害賠償請求額について)

そして、以上の過失相殺された結果として算定された上記(三)の損害額合計五一九六万三〇四九円は、本件事故によつて被控訴人ら(被控訴人各人には、その二分の一の金額宛)に生じた総損害合計金であるということができる。

(五)  (損害の填補)

被控訴人らは、平成七年二月二一日に自賠責保険から三〇〇〇万円の支払を受けたので前記(四)の総損害額(慰謝料と逸失利益に填補することを求めている)から右三〇〇〇万円の填補額を控除し残総損害金は二一九六万三〇四九円(被控訴人各人につき一〇九八万一五二四円宛)となる。そして、被控訴人らは、この平成七年二月二二日に填補されたとして原判決が総損害金から控除した三〇〇〇万円相当額の損害に対しても、本件事故発生日たる平成五年一一月六日から右支払の日の前日の平成七年二月二一日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生しているとし右部分をも放棄することなく、積極的に本件附帯控訴に基づき、控訴人紀雄及び控訴人啓之に対して、その支払いを求めているのであり、これを理由がないとすることはできない。そうすると、右控訴人両名は連帯して、右被控訴人ら各人に対しそれぞれ九七万一九一七円(右期間中の一五〇〇万円(三〇〇〇万円の二分の一)に対する年五分の割合を乗じて算定された遅延損害金額)の支払義務があるといわざるを得ない。

(六)  (弁護士費用)

本事件事案の内容、審理の経緯及び請求認容額、各審級の審理に要した時間、手間、その他本件に現れた諸事情に鑑みる限り、被控訴人らが本件訴訟追行に要した弁護士費用相当の損害額は合計三〇〇万円(被控訴人理恵及び被控訴人智晶各人につき一五〇万円宛)をもつて相当と認められる。控訴人らの算定する損害額のうちには、本件訴訟の弁護士費用相当の損害額を考慮し加算していないようであるが、これは、本件事故による損害額、本件事案の難易度、本件訴訟行為に要した労力等その他本件紛争に係る諸般の事情を鑑みる限り、一、二審を入れると、合計三〇〇万円(被控訴人各人につき二分の一の一五〇万円宛)相当額の損害は本件損害賠償請求権の行使に必要な弁護士費用として相当であることは、原判決認定のとおり肯認できる。そうすると、本件事故により生じた上記総損害額(過失相殺後のもの)のうちから前記三〇〇〇万円の填補額を控除し、さらに前記弁護士費用相当額の損害金三〇〇万円を加えると、残総損害元金額は二四九六万三〇四九円(被控訴人各人については一二四八万一五二四円宛)となる。

5  (結論)

以上によれば、三〇〇〇万円の損害の填補された後の本件事故による残総損害額は二四九六万三〇四九円(被控訴人各人は一二四八万一五二四円宛)となる。そして、

(1)  控訴人紀雄及び啓之らは連帯して、被控訴人理恵、同智晶に対しそれぞれ、上記総損害合計金の各二分の一宛の損害元金及びこれに対する本件事故発生日(平成五年一一月六日)から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務が発生したところ、このうち、三〇〇〇万円については、本件事故発生後の平成七年二月二二日に自賠責保険から支払われた(被控訴人各人に対して一五〇〇万円宛支払い)から、右事故発生の日から右支払日の前日たる平成七年二月二一日まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務が(被控訴人各人に対してはその二分の一宛)あり、また、上記総損害額から右填補額三〇〇〇万円を控除した残総損害額は二四九六万三〇四九円(被控訴人各人にはそれぞれ一二四八万一五二四円宛)及びこれに対する本件事故発生日たる平成五年一一月六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払い義務があることになる。

(2)  控訴人会社は、本件訴訟で併合請求されている被控訴人らから控訴人紀雄及び控訴人啓之に対する本件損害賠償請求の判決が確定したときは、〈1〉被控訴人ら各人に対し、それぞれ一二四八万一五二四円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、〈2〉被控訴人ら各人に対しそれぞれ九七万一九一七円(一五〇〇万円に対する平成五年一一月六日から平成七年二月二一日まで年五分の割合による遅延損害金を、各支払うべき義務があることになる。

五  (結語)

1  以上にみたところによれば、被控訴人らの控訴人及び控訴人会社に対する各請求については、次の限度で理由があるものとして認容し、その余は、理由がないものとして棄却されるべきことになる。すなわち、

(一)  控訴人紀雄及び控訴人啓之は連帯して、被控訴人理恵及び被控訴人智晶に対しそれぞれ〈1〉一二四八万一五二四円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の遅延損害金並びに〈2〉九七万一九一七円の遅延損害金を支払う。

(二)  控訴人会社は、被控訴人らの控訴人紀雄及び控訴人啓之に対する判決が確定したときは、被控訴人ら各人に対しそれぞれ、〈1〉一二四八万一五二四円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金並びに〈2〉九七万一九一七円の遅延損害金を支払う。

2  よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、九二条、八九条を、仮執行宣言(主文第一項1、2)につき民訴法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 伊東螢子 升田純)

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